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![]() もう2012年が始まって1ヶ月になろうとするのに、昨年の回顧もないかかもしれないが、今年の豊作を祈りつつ掲載を続ける。 この写真は昨年の8月28日、「東濃のきのこ」のねぎちゃんと一緒に屏風山へ行ったときに見つけたものだ。この頃、既に誰もがきのこの出方に異変を感じていたが、あまり口に出すと秋の本格シーズンに向けてテンションが下がるので、大不作の予感にフタをしていた。 そもそも青い色をした生物は珍しく、薄暗い森の中でもソライロタケの存在は際だっていた。足場の悪い中、慎重に写真を撮ったつもりだったが、手ぶれしているうえに白飛びもしていて、写真の出来は今ひとつだった。まあ、なんとかシュールな雰囲気だけは出ていると思う。 実は先日、またしてもネットで「シオドアとものいうきのこ」という絵本を見つけて購入してしまった。 レオ・レニ作、谷川俊太郎訳の絵本で、人気があるらしく1977年の初版以来、版を重ねている。ここに出てくる、しゃべるきのこが青いきのこなのだ。お話しには嘘をついてはいけない、という戒めが込められているのだが、僕はもっぱら青いきのこの美しい挿絵に気を取られてばかりいて、お話しの筋は二の次になってしまった。そんなことじゃあいけないね。 ![]() 久しぶりに食べ物ネタをひとつ。 豊川稲荷にちょっと遅い初詣に行ったついでに、飯田線に乗って豊橋に向かい、豊橋カレーうどんを食べてきた。 2009年の登場以来、豊橋駅には豊橋カレーうどんの幟旗がそこここに掲げられ、いつの日か必ず、思っていたのだが、これまでなかなか機会が巡ってこなかった。 決まり事としては、①うどん麺は自家製麺。②器の底から、ご飯、とろろ、カレーうどんの順に盛る。③日本一位の生産量を誇る「豊橋産のうずら卵」を具に使用する。④福神漬または壺漬けを添える。⑤愛情を持って作る、の5点。 パンフレットには何軒も紹介されているので、どこに行けばいいのか、決め手がない。その中で、食べ進むうちにちょっとしたサプライズがあるという「喜多生」(きたしょう)に行ってきた。 揚げたうずら卵が3つ、顔のように配置されてはいるが、この状態ではまあ普通のカレーうどん。半分ぐらい食べ進むと、何か黒いものが。。どうもとろろご飯がカレーと混ざらないように海苔が敷いてあるようだ。 その下にサプライズとして、マカデミアナッツチョコとチョリソ(辛いソーセージ)が隠れていた。もう溶けていたのでよく分からないが、チョコはどうも1個だけだったようで、遠くでほのかに香る程度。そんなに違和感は無い。 豊橋カレーうどんは、B級グルメとして創作されたものではあるが、カレーうどんを食べた後、残った汁にご飯を入れたくなる衝動を素直に表現したものだ。その点、贅沢な食材同士を無理矢理掛け合わせたようなものよりは好感が持てるような気がする。 ![]() 昨年は前年の大豊作の反動で、地上に生えるきのこの類は全く振るわなかった。 そんな中でも、木に生えるきのこの類は例年通りのペースで出てくれた。 この元気そうなナラタケの幼菌も、数年前から同じ株に出続けている。車を停めて、まずここを見に来て、こういう状態ならば、同じ山の他の場所でも発生している確率が高い。 ところで先日、バーゲン漁りに行ったついでに本屋に立ち寄ったところ、平積みの本の中に妙に目立つ本を発見した。「幻覚生キノコで半霊半物質への扉が開いてしまう~5次元フィールドへ超覚醒する脳」。タイトルからしてやや危ない匂いがしたが、迷わず購入した。 内容は、きのこ、とりわけベニテングタケと様々な宗教との密接な関係、そして為政者たちがいかにそれらを秘匿、抑圧してきたかというものだ。 まだ最後まで読み進んでいないが、著者の言う「民族菌類学」は、そういう捉え方をすれば世界がそのように見えてくるという意味で、それ自身が一種の脳のエクササイズのように思える。 こういう本は30歳台くらいまでは結構読んでいたが、最近はとんとご無沙汰していた。バカバカしいと思ってしまえばそれまでだが、凝り固まったアタマをほぐすのには丁度良いかもしれない。 ![]() 冬の間の写真整理を兼ねて、これまでに撮った写真の中から、未掲載となっていたものをいくつか拾いあげてみることにする。 まずは、この小さくてかわいいきのこから。 キャンプ場のテントサイト脇に生えていた、遠くからも目立つ明るい黄土色の群生。今までにも見たことがありそうな、そうでないようなきのこで、ちゃんと調べることもなく時間が過ぎてしまった。 先日、増補改訂新版「山渓カラー名鑑日本のきのこ」が届いたので、改めてこのきのこの名前を調べてみたが、やはりそれらしいきのこは見つからなかった。この図鑑の初版本は背表紙が取れそうになるくらい、本当にお世話になった。今回の新版はその見慣れた構成をとりながら最新のDNA分類にも対応していて、また新鮮な気持ちで読める。 ちょっとショックだったのは、キシメジやシモコシに猛毒の赤丸3つが付いていたこと。予想はしていたが、ウラグロニガイグチやセイタカイグチはまだ緑マークが付いているのに、と少し思ってしまった。致死事例の有無がこの表記の差になったのだろう。 昔から食べられていたスギヒラタケが、突然中毒死事例が出て猛毒扱いになり、その後は敬遠されるようになってしまったように、シモコシもそうなってしまうかもしれない。ただ、シモコシは美味しいきのこだけに、そこまで急に割り切れるかどうか。。 ![]() 寒いのは苦手だが、この季節の風はもっと嫌いだ。今日は久しぶりの休日だったが、吹き荒れる強風をおしてまで、確率の低いきのこ探しに行く気にはなれない。 とはいえ、一日家でくすぶっている質ではないので、西尾の実家に行くついでにちょっと大回りして蒲郡方面へ向かった。 下調べしてみると、竹島のある海岸からもさほど遠くないところに、中部地方最大の樟(くす)の木があるという。みかんの温室が並ぶ細い農道をくぐり抜けてやっとたどり着くと、その巨大さに圧倒された。 クスノキは神社や学校、城跡など大きな空間にどーんとあることが多いのだが、このクスノキが立っているのは民家や温室に周りを取り囲まれ、車も近づけないような小路の奥。そこに根回り13.8mという巨木があるのだから、その威容たるや相当のものである。熱田神宮のクスノキが根回り7.7mなので、その倍近いということになる。 こんな寒空の中ではなく、もっと良い季節にまたゆっくり来てみたいと一瞬思ったが、そういう時期にはきのこで忙しく、きのこの生えないクスノキを見に来るわけがない。どうせ巨木を見に行くならマイタケの生えるミズナラになっちゃうだろうし。。 ![]() ![]() 雨が上がったので、2週間ぶりに山に向かった。お目当ては巨大に育ったクリタケだ。晩秋のこの時期、傘が10センチ以上の大物が採れる。 途中の山道は、昨日の雨で落ち葉がアスファルトを覆い隠すくらい降り積もり、思わずスピードを緩めるほどだ。杉、コナラ、桜、カエデと林が変わるたびに道の表面の色も変わり、走っているだけで楽しい。 去年、クリタケが大量に採れた斜面へ期待しながら向かったが、すでに先客に採られた後だった。それもナイフかハサミを使って綺麗に採っているところからして、なかなかの使い手と見た。 それでも、その近くで狙い通りのクリタケが採れてひと安心。写真のクリタケは柄の太さが3㎝弱あり、ずっしりと重い。別の場所で採れたムキタケも巨大だったので、鍋の具には困らなくなった。これで今年のクリタケも採り収めだろうか。 ![]() 先週末、土曜日に金沢で仕事があったので、せっかくだからと一泊して、晩秋の金沢市内を散策してきた。 金沢といえばやはり兼六園。兼六園といえばやはりきのこ探索。 隅々まで美しく手入れされた庭園は、きのこにとっても気持ちの良い環境なのだ。 これまでも何度か兼六園内を見回っているので、きのこの出る場所も何となく把握している。 こういう場所では、木が立ち枯れのまま放置されたり、切り株が無惨に人目にさらされることは無いので、木材腐朽菌の出る幕はあまり無く、落ち葉やゴミが溜まることも少ないので腐生菌も出番がない。ということで、有るとすれば菌根菌ということになる。 もう晩秋なので、きのこ自体は少なかったが、それでもヌメリイグチは何カ所かで発生していた。残念なことに、発生していたのは数m先だったので、当然苔むした菌床まで踏み入ることはできず、望遠レンズ越しに観賞するしかなかった。 兼六園から県立美術館を経由して、21世紀美術館に抜ける静かな小径を歩いていると、ビルの守衛さんらしき人がケヤキ並木に落ちている小枝を拾い集めていた。 こういう市民の心掛けが街並みをこんなに綺麗にしているんだな、とひそかに感心していると、どこに行かれるのか、道はちゃんと分かりますか?と向こうから声をかけてきてくれた。おまけに地図を差し上げるから、少し待っていてくださいと、ビルの中に戻って持ってきてくれた。 同じようなことは西茶屋街でもあり、金沢のホスピタリティの高さに改めて感心させられた。金沢は年に何回も来ているが、何度訪れても本当に魅力的な街である。これできのこも採れれば言うことなし。 ![]() 今年はきのこの方はさっぱりだが、きのこ採りの道中などでやたらに猿や鹿に出会った。 昨日もシモフリシメジを探して林道を歩いていると、なんだか視線を感じたのでそちらの方を見てみると、林道の先で猿が僕の動きをじっと観察していた。人間が山の中を真剣な面持ちで食料探索している姿がそんなに珍しかったのだろうか。。 結局、昨日は相当歩き回って、このチャナメツムタケの他は、シモフリシメジ、ナラタケ、クリタケ、マツタケモドキなどがそこそこ採れたものの、去年あんなに採れたホンシメジは全く採れず、クロカワもたった1個。マツタケはもちろん無し。 キャンプの夜はいつも、採れたきのこを色々な方法で味見して楽しむのだが、こういう常連のきのこばかりだと、いまいち盛り上がりに欠ける。 そんな中、唯一のヒットがシモフリシメジの茶碗蒸しだった。 茶碗などという上品なものは無いし、蒸し器も当然無いので、キャンプ用の鍋を大小二つ使って「鍋蒸し」を試みた。 ダシはシモフリシメジの出汁だけ、具は少量の豚肉のみ、味付けは塩と醤油少々というものだったが、これがなかなか素晴らしい出来だった。家で作っても当然美味しいだろうが、山の中で仲間とつつき合うのはまた格別の味。 標高の低い里山ではもうしばらく晩秋のきのこを楽しめるが、キャンプはこの秋最後。車に積みっぱなしにしていたキャンプ道具も今日片付けた。おかげで車の中がすっきりしたが、ちょっと寂しくなったような気もする。 ![]() きのこ採りにとって心が躍る瞬間とは、きのこの群生を見つけたときだ。 だいたい、それはあまり期待しないでぼんやり歩いているときに限って、突如おとずれる。 今日も、今シーズンは腰にずっしり来るような収穫に出会わないまま終わってしまうのかと考えながら、駐車場からほんの数十メートル歩いたところで、このハタケシメジの大群生に出くわした。 珍しくもないきのこではあるが、すこぶる美味しいので、大好きなきのこのひとつだ。 少し育ちすぎの感はあるが、こういう株が十数メートルの範囲にボコボコ出ていたので、すぐに手提げが一杯になり、いったん駐車場に引き返して再度採りに行ったほどだ。 結局もう1カ所でも同様の状態だったうえに、ナラタケの群生にも出くわしてしまったので、車に積んであった持ち帰り用のカゴが山盛りの状態になってしまった。 家路に向かう車の中には甘く香ばしいきのこの香りが充満し、ちょっと幸せな気分になった。やはり秋に一度はこういうことがあって欲しい。 ![]() 全国から今年は不作、という悲しい情報が寄せられている。 今日も雨上がりの山を歩いてみたが、ほとんどきのこの姿は見られなかった。全くない、というわけではないが、トップシーズンであるという期待感との落差が大きすぎる。 早々に地上生のきのこには見切りを付けて、倒木や立ち枯れの木を中心に見て回ったが、片手に収まるぐらいのヌメリツバタケモドキやヌメリスギヤケモドキが採れただけ。元気だったのはこのキヒラタケくらいだった。 逆光でなかなか思うようには撮れなかったが、これが今日の唯一の写真なので贅沢は言っていられない。キヒラタケの図鑑の写真も多くはこういう下からのアングル。もうちょっと寄って撮れば良かったのかもしれない。 わずかに採れたヌメリツバタケモドキは、夕食でおすましの具になった。ふわふわ、つるっとしてなかなかよろしい。いつもはあまりまじめに採っていなかったが、これなら優秀な脇役になれそうだ。 ![]() これまでの不吉な予感が的中し、残念ながらこの3連休は不調に終わった。 例年なら、コウタケやクロカワといった常連の高級きのこがカゴの中にたっぷり入るはずなのだが、今回はコウタケがちらほら、クロカワもたった2個だけという状況だった。マツタケも当然、無し。 他の「鍋増量材」とも言うべき、アミタケやヌメリイグチ、ハナイグチ、ナラタケといった面々も、なんとかギリギリ参加者の腹を満たす程度にしか採れなかった。 そんな状況にも拘わらず、このナガエノスギタケだけは不作なんてどこ吹く風、といった風情で2カ所から発生していた。そのうちの1カ所は全く同じ場所から顔を出す。 他のきのこがたくさん出ているときはあまり注目もされないのだが、こういう不作の時は妙に存在感が高まる。そういうわけで、不作の印と見えなくもないが、それではナガエノスギタケがちょっと可哀想すぎる。 ![]() 端境期というのはこういうことか。今日、山を歩いていてもほとんどきのこの姿がない。目に付くのは、ひょろひょろしたカバイロツルタケくらい。衣替えと同じで、夏から秋に切り替わる前にちょっと一服しているという風に理解しておきたい。 そんな寂しい山の中で、ひときわ目立っていたのがこのオオワライタケ。これは幼菌だが、すぐ横に1本だけ、太く大きく育った個体があって、かなり遠くからでも視認できた。 実は先週も、ここより少し標高の高い所でオオワライタケが出ていた。例年、僕がいつも観察しているフィールドでこれほど何度も見かけたことはないのだが。。 今年は真っ赤な猛毒きのこ、カエンタケが日本中で観察されたが、秋の初めに今度は黄色の毒きのこ、オオワライタケを何度も見かけるというのはちょっと不吉な感じがする。 ![]() ![]() 山に入ると、先日の台風15号の暴風でちぎれた葉っぱや枝が散乱し、ちょっと痛々しい。雨も降り、気温も急に下がったので、きのこにはいい刺激になったはずだが、歩けど歩けどきのこの姿は少ない。 この写真の一角だけは別世界のようにきのこが並んでいたのだが、何か変だ。 シャカシメジが出ているのはうなづけるが、左後ろに見えるコウタケは既に老菌。表面のイボイボも雨などで流されてしまって、つるんとした表情。例年だと、今は小さな幼菌が見つかればいい方なので、この時期この山でこんな2ショットはあり得ない。 どうも9月初旬に急に気温が下がった後に、秋真っ盛りに出るべききのこが一斉に出てしまったようだ。本来出ているべきアミタケやヌメリイグチといった常連は全く見られない。 来週以降、もう一度本来の姿に戻るのか、そして、どこにきのこを採りに行くのか、判断が難しいところだ。 ![]() マイタケが採れて意気揚々とキャンプ場に向かったものの、ものすごい土砂降り。管理棟でチェックインしようにも車のドアを開けるのをためらうほど。考える事はみな同じで、バンガローはもう満杯。 仕方なく水はけの良さそうなサイトを探し、3人で協力してとにかくタープを張る。すぐさまタープに水が溜まり、バシャバシャと音を立てて流れ落ちた。 こんな状態では普通はテンションが下がるところだが、実はサイトを探しているときに、このハナイグチの群生が目に入り、現金なもので気持ちは一気に好転してしまった。 この群生のすぐ脇に居を定めた後も、鍋の具を探そうと近隣を見回ると、ボール状に成長したシャカシメジの株が見つかり、鍋の具にしては贅沢すぎるきのこが手近なところで調達できてしまった。 翌朝、やっと雨が上がったところで改めて場内を散策すると、ちょうど食べ頃に成長したハナビラタケの株も見つかった。昨日のハナイグチから数メートルのところにはハタケシメジの群生も。 3連休ということで、キャンプ場には大雨にもかかわらず予定変更せずに泊まっていた家族もたくさんいたのだが、シャカシメジといい、ハナビラタケといい、これほど目立つ大きな株が採られもせず、そのままの姿で残されていることに感謝し、また近々ここを利用してみたくなった。 ![]() 昨日は台風の影響で飛騨方面は大雨。東海北陸自動車道を走っていても、時に前が見えなくなるような降りになることもしばしば。 目的地までの道は雨量規制で封鎖されてしまったので、道路沿いに車を停めて、ミズナラのありそうなところを数カ所見て回った。 どうせ汚れるからと、安物の合羽にしたのが間違いで、防水性が悪い上に蒸れる。メガネも水滴と水蒸気で曇り、このまま手ぶらで帰ることになるのかと諦めかけていたところに、この株が見つかった。 去年もそうだったが、道のすぐ脇、誰かその気で歩いていれば必ず目に入る、という位置にこういうものはあるものである。欲を出して山奥を目指し、笹をかき分けて行っても見つかるとは限らない。 残念ながら、ベストのタイミングからはほんの少し遅かったようで、この雨も手伝って根元の方は一部崩れ始めていた。キャンプ場でソテーして食べると、ちょっとスカスカしていたが、香りは十分。下着まで濡れた不快感も一瞬どこかに消えていった(ような気がする)。 ![]() テングタケの仲間はすらりとした美しい立ち姿のものが多く、被写体としてはとても魅力的だと思う。ただ、華麗な色形とは裏腹に猛毒菌も多く、容易に人を寄せ付けない雰囲気を持つのもこの仲間の特徴だ。 このカバイロコナテングタケは、そんなテングタケの中ではちょっとおとなしそうに見える。 全身を覆っている明るい茶色の粉がちゃんと写るかどうか、デジタルズームで確認して撮ったのだが、傘のてっぺんにゴミが付いているのを見落としてしまった。 こういうときのために、僕のきのこナイフには、小さいながらもちゃんとピンセットが付いているのだが、またしても決定的な出動のチャンスを逃してしまった。道具を使いこなすというのはなかなか難しい。 ![]() きのこにも「気品」という基準があるなら、富士山のふかふかした苔の中から顔を出すヤマドリタケはトップクラスだろうと思う。 美味そうに焼けたパンのような、明るい茶色の傘。傘は先端に向かって白くなり、白い柄には細かな編み目が入る。 下界の雑木林に生えるヤマドリタケ「モドキ」も大好きなきのこのひとつだが、このモドキの付かないヤマドリタケの前ではちょっと分が悪い。ヤマドリタケは2本しか採れなかったが、それでも大満足だ。 富士山は、本来ならもう少しきのこ密度が高くても良い時期だったが、それまで雨が少なかったせいか、ぽつりぽつりとしか見つからない。この雨で、今週末くらいからは本来の姿に近づくのではないかと思う。 そんな状況でも、3人で歩き回ればそれなりに色々な種類のきのこが集まるものだ。夕飯は2種類の鶏ガラスープをブレンドして、きのこしゃぶしゃぶ鍋に。キハツタケは炊き込みご飯にした。もちろん、怪しげなきのこを少しずつ味見することも忘れていない。 鍋をつつきながら、大物狙いのきのこフリークたちが見逃したり、無視したりしたきのこばかり集めて、色々と料理方法を工夫して楽しむのもいいね、という話になった。ちょっと屈折してるけど、「B級きのこを楽しむ会」の結成なるか? ![]() ![]() このところやっと夏らしい、うだるような暑さがやってきた。 先週末も車を降りて数分歩くだけでもう汗が噴き出し、目の周りや耳の横をかすめるようにうるさく蚊がつきまとう。山の中には数は少ないものの、真夏らしいきのこがちらほら見える。 真夏のきのこは傷むスピードが早いが、このチチタケは虫が入ることも無いうえ、幼菌から成菌に移るこれくらいのチチタケは表面がビロード状で結構美しい。 とはいえ、正直なところ、見渡して他に何も無さそうなら、手ぶらで帰るのはさみしいので一応採っておこうか、というのが僕の周りのチチタケ評である。 触ると瞬時に白い乳が染み出す。これが手に付くと、べたべたするだけでなく、魚の干物の様な独特の匂いがなかなか取れないし、他のきのこやカゴにも匂いが移ってしまう。 この魚系の匂いと出汁が、海の無い栃木県の人たちの心を捕らえて放さないのだろうが、残念ながらどんな料理にも使えるというタイプのきのこではない。 これまで、定番の「チタケうどん」だけではなく、かりんとうに似せて素揚げにしてみたり、乾燥させて素麺などの出汁用に使ってみたりと、それなりに工夫を重ねてきたものの、今ひとつこれは、という出来映えに到達しない。何とか他に良い活用法は無いものか。 ![]() 欧州ではレストランでも家庭でもごく普通に使われ、大人気のアンズタケ(仏:ジロール)だが、日本ではほとんど利用されていない。 欧州由来の野生きのこでは、ヤマドリタケ(仏:セップ、伊:ポルチーニ)だけが別格で有名になったが、爽やかな杏の香り、気取らずにどんな料理にも使えるアンズタケはもっと注目されても良いと思う。まあ、僕らにとっては密かな楽しみが奪われずに済むので、その方が都合が良いとも言えるのだが。。 先週末、雨の合間を狙って林道沿いに車を走らせ、所々で停車しながら、仲間たちとアンズタケ採りを楽しんだ。見たとおりの黄色のきのこなので、目が慣れてしまえば誰でも簡単に採れる。 厳密に言うと、ごくわずかな毒性分を含み、チェルノブイリ原子力発電所の事故の際には、今話題の放射性セシウムを特異的に蓄積したという報告もあるが、こればかりを何キロも食べるわけではないし、塩分・砂糖の取り過ぎやカロリー過多、運動不足などと比べてどちらが健康に対するリスクが高いのかを考えれば、過度に慎重になる必要は無い。 そもそも日常生活で考慮すべきリスクは他にも山ほどあり、それらをひとつひとつあげつらって、自ら豊かな時間の過ごし方を失うようなことはごめんだ。 ![]() 先週末は何も、虫食いだけで過ごしたわけではない。ほんの短時間だが、ちゃんときのこの見回りにも出かけている。 台風の影響で雨が少し降ったとはいえ、そんなにすぐにきのこが出てくるわけではない。やはりきのこの姿は非常に少なかった。 いわゆるニセアカジコウが1本採れただけで、とりあえず自分を納得させて帰ろうと思った矢先、足元のコナラの根元にこの真っ赤な幼菌を見つけた。 コナラは憎っくき「カシノナガキクイムシ」の餌食になって周りに木くずが積もり、既に立ち枯れようとしていた。そこにさらにカエンタケが出ているという状況は、何とも形容しがたい禍々しさを感じざるを得なかった。 カエンタケは食べれば致死毒、触って毒液が付着しただけで皮膚がただれるという恐ろしいきのこだ。成長すると唐辛子のように赤く、そして珊瑚のような面白い形になるので、好奇心の強い子供なら、つい手に取ってしまうだろう。 こんなきのこは昔はそんなに頻繁に見つかるものではなかったが、全国どこででも普通に見られるようになってしまった。これも山の荒廃や気候変動が関係しているのだろうか。 早く普通のきのこをカゴ一杯採りたい。 ![]() 去年に続いて今年も、「旬」のクマゼミを採集して食す「クマゼミ会」に参加してきた。 今年はセミ採りの前に「虫食いフェスティバル」が開催されたこともあり、50人近くのもの好きな男女が伊丹市スワンホールに集まった。 会場のある昆陽池(こやいけ)公園は天平時代からある大きなため池の周りを林が取り囲み、市街地の中にありながら野鳥や昆虫の宝庫となっており、昆虫館まであるので、こういうイベントを開催するには絶好の場所だ。 しかしながら、今年はきのこだけではなくセミも出方がイマイチ。我が家の近くでも、鳴き声に勢いがない。 それでも50人でセミ採りをすれば、そこそこ集まるもので、大きなボウルに半分くらい幼虫が捕れた。料理されてしまう前、ボウルの中で、わさわさうごめく姿は悲しくも圧巻である。動画も撮ったが、とても気軽に見せられる代物ではない。 料理には、セミだけでなく、今年も色々な虫が使われた。下の写真はミールワームとコオロギの焼きうどん。 セミ捕り&料理の前に行われた第1部のイベントは、クイズあり、虫食いダンスあり、という感じで、全体にとてもゆる~く進んだのだが、色々勉強になることも多かった。例えば、誰もが抱く疑問として、食べてはイケナイ毒虫は何か、とか。 日本産では古くからマメハンミョウが毒虫として知られており、猛毒のカンタリジン(30ミリグラムが致死量)を多く含む。その他にもアオカミキリモドキやアオバアリガタハネカクシなどが毒を持っているとのこと。一方、蜂などの毒は加熱すれば無毒化してしまうらしい。 とはいえ、きのこ図鑑のように、昆虫図鑑に食毒の情報が表示されているわけではないので、昆虫食の地平を広げていこうとすると、まだまだ相当のチャレンジ精神が必要だ。やはり、僕はきのこの方がいいかな。。 ![]() ![]() 他の地域はともかく、今年はどうもきのこの「出」が悪い。 例年、梅雨時や梅雨明けに楽しみにしているヤマドリタケモドキやムラサキヤマドリタケがパッとしないまま、乾燥と高温の夏がやってきてしまった。 そんなわけで、今日は標高を上げてブナ・ミズナラ林帯まで行ってきた。 さすがに1000mを超えると空気もひんやりして快適だし、なによりヤブ蚊に悩まされることもない。しかしながら、ここでもきのこの姿は少なく、いつもはほとんど無視するベニタケの仲間ですら貴重に思える。 カゴもほとんど空のまま、帰路にさしかかったところで、この小さなシワチャヤマイグチに出会った。以前にも、全く同じ場所で完全に傘の開いた老菌を見つけたことがある。 「皺茶(しわちゃ)」という見たままの名前が付いているが、若いうちはしわくちゃで、老熟するにつれて皺が延びていくなんて、なんと素晴らしい。 ![]() 3日から9日まで、僕以外は大学の先生や研究者ばかりというグループでオランダ・ドイツに行ってきた。 オランダ北部、Groningen大学で産業連関分析のワークショップ、アムステルダムの都市計画のヒアリングを3カ所、ミュンヘンのバイオ・クラスター(Bio-M社)のヒアリング、という日程だったが、通訳も添乗員もつかないので、気が休まる暇がない。 アムステルダムで次のヒアリング先を目指して地図を見ながら進むうち、きのこの看板が目に飛び込んできた。早速店をのぞいてみると、案の定、ちょっとヤバイ店だった。 店と同じマークのきのこTシャツも置いてあるが、店内は日本では厳禁されているマジックマッシュルームや色々な形のマリファナ吸引器(?)など、怪しげな品々が陳列してある。 とはいえ、女性店員さんも明るく挨拶してくるし、店内はおどろおどろしい雰囲気は全くなく、知らずに入ればカルチャー系ショップにしか見えないだろう。 あまり詳しく書くのも憚られるが、下の写真の上段右側には、効能書きまであるPsilocybe AtlantisやPsilocybe Mexicanaのパッケージ、左上には様々な種類の「合法的」ドラッグのメニューが4€~16.5€くらいの安価な値段で紹介されている。 Psilocybeとは毒(幻覚)成分「シロシビン」を含むシビレタケの仲間(マジックマッシュルーム)、ということ。木彫りの置物はその姿に似せて作ってあり、もうちょっとでお土産に買うところだったが、何とか踏みとどまった。木彫りとはいえ、危ない匂いが染み込んでいたりすると入国の際にトラブルになりかねないからだ。 アムステルダムでは相変わらず「赤線」が維持されているだけでなく、いわゆるソフトドラッグも合法。この街でCoffeeShopといえば、マリファナとコーヒーが両方楽しめる場所のことだ。 ゲイやレスビアンにも寛容で、世界遺産にも指定された古い街並みや運河とは対照的に、多様性と開放性が新しいデザインやイノベーションを生み続けている。 お勉強の旅も終わり、中部国際空港の荷物受け取り場所でスーツケースを待っていたら、麻薬犬が2匹、乗客の体や手荷物をクンクン嗅ぎ回り始めた。いつもは気にも止めていないのに、このお店のことを思い出して、ちょっとドキドキしてしまった。 ![]() ![]() 今週末には夏きのこが一斉に出始めるだろうと、わくわくしながら1週間を過ごし、いつもの公園に出かけてみたものの、なぜか出方がいまひとつ。他の地域では様々なきのこの便りが寄せられているというのに。。 この数日、一気に暑くはなったが、やはり土の中はまだ準備が追いついていないのかもしれない。 わずかに出ていたヤマドリタケモドキは、幼菌のうちに虫やナメクジの攻撃にさらされ、大きくなる前にスカスカの状態だった。 そんな中でも、唯一肉感的な姿を現してくれていたのは、このアカヤマドリの群れだった。アカヤマドリは幼菌のうちは全体的に堅くしまっているので、ナメクジもなかなか穴を開けるまでには至らないし、虫もあまり寄ってこない。 家に帰って、きのこがいたむ前に火を通しておこうとフライパンでソテーしたら、部屋中に香ばしい匂いが充満した。今年もきのこの夏がやってきた。 ![]() 梅雨の合間、そろそろ初夏のきのこの面々が出ているかもしれないと期待して出かけたが、まだ少し早かったようだ。 薄暗い森の中で、すんなりと白くて華奢な柄と明るい黄土色の傘に目が止まった。こういう天候が大好きなヒトヨタケの仲間、イタチタケだ。白いフリルがとても繊細で美しく見える。 一応、「食」ということだが、まだ試したことはない(と思う)。そういえば、以前、自分で採って、同定し、調理して食べたきのこの数を増やそうとしていた時期があった。確か、156種類で数えるのを止めてしまったはず。何だか、ばかばかしくなってしまったからだ。 これを持ち帰ってくれば、ひとつカウントが進んだかもしれないが、やはり旨いのが一番。早くヤマドリタケモドキが出てきて欲しい。 ![]() このブログで花の写真が載るなどということは、ほとんど無かったのではないかと思う。 昨日は、お花畑の広がる籾糠山(1744m、飛騨市)へ花を見るためのツアーに参加してきた。確かに花も楽しみではあるが、僕はもっぱら一昨年採り損ねたヒラタケが今年も出ているかどうかが気にかかる。 ひんやりとした清澄な大気の中、残雪を踏みしめながら歩くのは実に爽快。道路脇にはキクザキイチゲやミヤマカタバミ、イワナシ、ショウジョウバカマなどが継ぎ目無く咲き乱れる。天生湿原にはミズバショウの大群生。リュウキンカ、ニリンソウ、サンカヨウ、キヌガサソウも周りを固める。 ツアー客は夢中でこれらの花々の写真を撮っていたが、どうもこのザゼンソウは人気が無いようだ。僕は逆にこのザゼンソウくらいしか撮らなかった。 中に鎮座する「肉穂花序」は、よく見るとイボテングタケの幼菌の様にも見える。悪臭で虫を引き寄せるところなどはキヌガサタケやスッポンタケにも通ずるところがある。英名「スカンクキャベツ」はちょっと可哀想すぎるのではないか。 頂上からの帰り道、わざわざツアーの最後尾に付き、ブナの倒木が転がる一昨年と同じ景色に差し掛かってじっくり見渡すと、果たせるかな、やや小さいがきれいな株立ちのヒラタケが見つかった。ここから先、僕が取った行動についてはご想像にお任せする。 ![]() ![]() ノボリリュウタケ(昇龍茸)科のきのこはどれもこれも個性派ぞろいだが、このウラスジチャワンタケ(裏筋茶碗茸)はその名の通り、脈打つような造形がとても面白いきのこだ。 図鑑を眺めながら、いつかお目にかかりたいと思っていたにもかかわらず、これまでなかなか出逢いが巡ってこなかった。 それが、一昨年、いつも通っていた公園を歩くときの道順をちょっと変えただけで、あっさり見つかってしまった。探し物が見つかるときはこんなものかもしれない。 一度目が慣れてしまうと、今までどうして気づかなかったのか不思議なくらい、遊歩道脇にごく普通にポコポコ出ている。ただ、結構脆いきのこなので、邪魔な葉っぱをどかしたり、泥を刷毛で取ったりしているうちに壊れてしまったりして、まともな写真が撮れていなかった。 実は、本当は今日はホンシメジ・オフの日。 某NPOの総会にどうしても出席しなければならなくなり、毎年楽しみにしていた春のホンシメジとの出逢いを諦めざるを得なかった。電話で様子を聞いたら、タイミングバッチリで今年も結構な量が採れたとのこと。ぐやじい。。 ![]() ![]() 先週木曜日、富山大学を訪問した際に、せっかくここまで来たのだからと、富山大学付属図書館「ヘルン文庫」を見学させてもらった。 「ヘルン」とは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)のことで、妻のセツさんや英語教師として最初に赴任した島根の学校関係者が、その発音から「ヘルンさん」「ヘルン先生」と呼び、本人も刻印に「へるん」を使っていたことから、文庫の名前もこれに因んで付けられたとのこと。 富山大学にヘルン文庫があるのは、前身の旧制富山高等学校がその設立にあたって、ハーンの教え子(富山県出身)を通じて小泉家から蔵書を譲り受け、それが現在の富山大学にも受け継がれているからである。 当日は、図書館の方から丁寧に説明をしていただき、思いがけない発見もさせていただいた。 ハーンの肖像がどれも右向きなのは、事故のために左目に障害があり、それをかばって常にその姿勢をとったとのこと。ギリシャ人の血を引くからか、身長も160㎝ほどだったらしい。 今回の大震災でもその価値が再評価されている「稲むらの火」は、ハーンの書いた「A Living God」(「生き神様」1896年)を元に翻訳されたもので、戦前から教科書に収録されるだけでなく、紙芝居(写真は昭和15年のもの)の形で津波の危険性と避難の大切さを普及するために広く使われてきた。 「Japanese Tsunami」という単語が世界に広がったのは、このハーンの著作かららしい。写真では分かりづらいが、左の上から2番目は、当時(1896年明治三陸大津波)の様子が、東北の地図とともに「Great Disaster in Japan」として克明に記載された記事。 図書館の方のお話によると、小泉八雲の作品のことをよく知っているのは、一定の年齢以上の人のようで、最近の学生たちはほとんど知らないとのこと。 僕が住む安城市のことを「日本のデンマーク」と言っていただくことも多いが、それも一定年齢以上の人だけらしい。こういうところでも年齢がばれてしまうようなので、ちょっと心にとめておいた方が良いかもしれない。 ![]() ゴールデンウィークはいつも、延々と続く渋滞の車列や、海外に脱出する人で混雑する空港のTVニュースを眺める側だったのだが、今年は立場が逆転。30日から7日までの8日間、イタリア南部を巡ってきた。 ローマからポンペイ、長靴の踵辺りにあるアルベロベッロ、マテーラを回ってから、つま先の少し上にあるナポリ、カプリ島、ソレント、アマルフィ、最後にまたローマに戻ってバチカンへ、という世界遺産だらけの贅沢なコースだった。 こういう状況下でも「きのこ目」は常に獲物を探していたが、あるのは食料品店や土産物屋の乾燥ポルチーニくらい。 そんな僕が反応してしまったのはアルベロベッロのトゥルッリというとんがり屋根の建物だ。層状に割れやすい石灰岩の一種を円錐の形に積み上げてある。床面積は約20㎡程度と小さいものの、こういう建物に住みたいセレブも多いらしく、買うとなると、お値段はひとつ1000万円以上はするらしい。 この写真は、トゥルッリが集中する閑静な住宅街アイア・ピッコラ地区から、お土産屋が連なるモンティ地区を眺めたところ。きのこの群生のようにも見えるし、トックリ蜂の巣が連なっているようにも見える。単純だが理にかなった形をしている、ということなのだろう。 久しぶりに(初めて?)全行程添乗員付きの団体旅行を経験してみたが、これはこれでなかなか面白い。 職業不詳の謎の男女や底抜けに明るい奥さんなど、きのこ観察はできなかった代わりに、しっかり人間観察と推理を楽しむことができた。 きのこの話は封印していたので、僕は僕できっと何を考えているのか分からない寡黙なおじさん、という感じで観察されていた、ということかな。 ![]() 意識的にブログの更新を控えていたわけではないのだが、大震災以降、心がいつもざわめいていて、なかなか集中できなかったのも事実。 そんなわけで、今日は気分転換のつもりで京都まで行ってきた。名古屋からはのぞみでたったの40分弱なのだが、降り立つのは8年ぶり。 最初に向かったのは京都府立植物園。菌友のとよだきのこさんはブログで日本全国のキノコ公園を丹念に紹介してくれているが、その中にキノコの形をした図書館、「きのこ文庫」のことが書いてあったのを思い出したのだ。 にわか雨が降り出して、子供たちがいなくなってしまったが、扉を開けるとぎっしり絵本が詰まっている。さすがに絵本は普通の?ものばかりだったが、気持ちの良い屋外で、ベンチに腰掛けて絵本が楽しめるなんて素晴らしい。 次に向かったのは、カフェダイニング・ニアで開かれている「キノコレ~kinoko exhibition」(4月22日~5月3日)。 カフェに併設された展示スペースに並ぶ作品は、どれも「きのこ愛」に満ちあふれたものばかりだ。30人あまりのアーティストたちが個性を競い合っている。5月4日には「キノコフェス」が開催され、各賞の発表やトークライブなどがあるようだが、これは残念ながら参加できない。 最後に行ったのは、京都御苑。きのこ好きにとって、富士山が東の聖地なら、ここは西の聖地とでも言うべきところ。それは少し言い過ぎかもしれないが、京都のど真ん中にあるにもかかわらず、森に入るとひんやりとした空気が流れ、松やコナラの美しい林床が広がる。 定期的にきのこ観察会が開かれているので、隠れたファンも多いことだろう。ここならきっと色々なきのこに出会えそうな気がする。 さんざん歩き回ったが、京都まで来て結局、神社仏閣にはひとつも入らないまま。ちょっと疲れたけど、すっきりした。 ![]()
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